信長公記  しんちょうこうき


■  巻十一  ■

太田和泉守これを綴る    天正六年戊寅



■ 御茶の湯の事

正月朔日、五畿内、若州、越州、尾・美・江・勢州、隣国の面々等、在安土にて、各御出仕、御礼これあり。
先づ、朝の御茶、十二人に下さる。御座敷、右勝手六畳布、四尺縁。
御人数の事、中将信忠卿、二位法印、林佐渡守、滝川左近、長岡兵部大輔、惟任日向守、荒木摂津守、長谷川与次、羽柴筑前、惟住五郎左衛門、市橋九郎右衛門、長谷川宗仁、以上。
御飾りの次第、御床に岸の御絵、東に松島、西に三日月。四方盆。万歳大海。水さし、かへり花。周光茶碗。囲炉裏に御釜うば口。くさりにて花入筒なり。 御茶道、宮内卿法印、以上。
御茶過ぎ候て、各御出仕あり。三献にて、御杯御拝領。御酌、矢部善七郎、大津伝十郎、大塚又一、青山虎。
その後、御殿御座所まで皆見せさせられ。三国の名所を、狩野永徳に仰せつけられ、濃絵に移され。色々、御名物はせ集まり、心も詞も及ばれず。 御威光、中々勝げて計ふべからず。 各、此の御座敷へ召し上げられ。 悉くへ、御糟煮、并に唐物の御菓子色々下され。 生前の思ひ出、末代の物語、忝き次第、申すに足らず。
去年の冬、三位中将信忠卿へ進ぜられ候御名物の御道具。
正月四日に、万見仙千代所にて、御ひらきの御会なさる。此時の人数九人。二位法印、宮内卿法印、林佐渡守、滝川左近、長谷川与次、市橋九郎右衛門、惟住五郎左衛門、羽柴筑前守、長谷川宗仁、以上。
今度、市橋九郎右衛門に芙蓉の御絵、信長公より下され、外聞面目の至りなり。


(後略 〜この後、天正4年1月の記事が続く〜)

最終更新日時
2003/01/13 (月)
22:55:19

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