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タイトルたたき漆喰、蛇石、盆山について
記事No: 94 [関連記事]
投稿日: 2002/11/20(Wed) 05:42
投稿者T.m

なかなか活発な議論になっているのはよいことですね。

さて最近の科学的分析から、従来、地階床面のたたき漆喰と
思われていたものは、実はそうでなかったことが判明したそうです。

次ぎに蛇石については自分も、地山と思われているものが実は蛇石
ではないのか、と関係者の方に質問したのですが、結局は否定的な
見方をされているようでした。
最近の調査の結果の詳細が不明なので何とも言えませんが、
地質学的に物質構成が一致したということなのでしょうか?

ただひとつの考え方として、信長にとって、その様な巨石を
山頂に運び揚げることこそが己が権威の誇示であり、後は、
それを惜しげも無く砕いて、天主台の石垣に用いたのでは
ないかとも思います。

そして盆山ですが、どうやらそれは吉田兼見より献上された
もののようです。
詳細は、いずれまたの機会に。


タイトルRe: たたき漆喰、蛇石、盆山について
記事No: 98 [関連記事]
投稿日: 2002/11/20(Wed) 23:56
投稿者
URLhttp://asitaka.s4.xrea.com/az1/index.htm

> 地質学的に物質構成が一致したということなのでしょうか?

天主台の地下調査は、報告の写真の様子からみて、
超音波による反射の解析から、地下に比重の重い物体が、
天主台全面に渡って存在する事が、わかったのではないでしょうか?

関係者が否定的な見方をしているのは、
比重の重い物体が、天主台の地下全体に渡って存在するために、
蛇石にしては大きすぎると考えているからだと思います。


> そして盆山ですが、どうやらそれは吉田兼見より献上された
> もののようです。

天正6年の5月5日に、吉田兼見が
盆山、鉢木を進上して、信長から帷子をもらった件でしょうか?

これは、盆山、鉢木と、2つの物が併記されていることからして、
慕帰絵詞の、宰相法印の居間の場面に出てくるような、
奇石と植木が組み合わされた、盆栽の事ではないでしょうか?


タイトルRe^2: たたき漆喰、蛇石、盆山について
記事No: 100 [関連記事]
投稿日: 2002/11/21(Thu) 00:35
投稿者T.m

> 関係者が否定的な見方をしているのは、
> 比重の重い物体が、天主台の地下全体に渡って存在するために、
> 蛇石にしては大きすぎると考えているからだと思います。

自分が質問した時は、地山の上面が水平で無いことを理由されていました。

> > そして盆山ですが、どうやらそれは吉田兼見より献上された
> > もののようです。
>
> 天正6年の5月5日に、吉田兼見が
> 盆山、鉢木を進上して、信長から帷子をもらった件でしょうか?

さすがに、史料を良く読み込まれていますね。
この件は、従来ほとんど注目されておらず、紹介もされてい無いと存じます。

> これは、盆山、鉢木と、2つの物が併記されていることからして、
> 慕帰絵詞の、宰相法印の居間の場面に出てくるような、
> 奇石と植木が組み合わされた、盆栽の事ではないでしょうか?

安土城天主一階の墨繪の梅の間の書院の前に置かれていたのは、おそらく
それであり、まさに森さんの考察を裏付けるものとなりますね(^_^)
多分、信長の誕生日を祝い贈られたものと思います。

フロイス『日本史』の記述も、どこまでが真実で、どこからが
虚構であるかは推し量り難いところがあります。

そもそも、本当にハ見寺本堂に「盆山」が安置されていたのかどうかも
疑問であり、兼見が信長に対し「盆山」を贈った事実と、蛇石などに見られる
信長への石に対するこだわりから捏造したものであり、あるいは、
天主に置かれていた「盆山」とハ見寺のそれは“別のもの”と見るべき
かも知れません。