タイトル | : 5階⇔6階の鉄砲階段 |
記事No | : 396 [関連記事] |
投稿日 | : 2007/10/23(Tue) 18:44 |
投稿者 | : 大陸進出 |
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>小壁に絵画が飾られていたなら、会所の記述と同じように
>「小壁に・・・」と書かれるはずで、書いていない以上、
>書院の絵画は小壁にかけられたわけでは無いと判断できます。
淳也さんの長押と鴨居の間の内壁(欄間)に関する考察から、5階⇔6階の階段に関して気が付きました。
6階の高欄と5階の屋根裏の木組みから、外陣を支える海老紅梁(Ψ平三斗組Ψ)の位置が決まり、内陣の長押と鴨居の位置が決まります。
淳也さんが指摘しているように、6階への階段を天守指図の通り、長さ1間(通し柱の関係から8.7尺≒2.6m)の鉄砲階段にすると梯子のような急階段になってしまうので、
内藤案では5階の内陣に沿って下方に半間(4.35尺≒1.3m)伸ばし、合計長さ1間半(13尺≒3.9m)の中折れ階段にして現実的な勾配にしています。
もし、天守指図通りの長さ1間(8.7尺≒2.6m)の鉄砲階段を実現させようとして、内陣の床だけを中途半端に上げてしまうと(緑)、
(平三斗組による海老紅梁との取り合わせから長押や鴨居の位置は動かせないので)、階段が却ってさらに急勾配になってしまいました(赤)。
この場合、例えば1階(二重目)北の大倉の段差のように、(内陣と外陣の)大きな段差を示す「さか(坂)」の表示がないのが気になります。
ここでもし急になった階段の勾配を元に戻そうと、さらに床を上げていくと(青)、最終的に5階の内陣は潰れてしまいます(T_T)
したがって内陣の通し柱(8本)の間隔や、6階高欄と5階屋根の勾配(→3階2階1階の屋根の勾配も?)と外陣を支える木組み(海老紅梁)を見直さない限りにおいて、
内藤案の1間半(13尺≒3.9m)の中折れ階段をとりあえずの解決策としてもいいのではないでしょうか(→この階段と屋根の2つの勾配は連動)。
しかし、淳也さんの指摘どおり、天守指図ではハッキリと長さ1間(8.7尺≒9尺≒10尺まで余裕でokだと思います)の鉄砲階段になっているので、
(夜空=宇宙空間を示すかもしれない)ここ5階⇔6階間の木組みは、天守指図に基づく(内藤案以外の)復元案を提示する際に、腕の見せ所になると思います(応援してます)!
「平三斗組」「海老紅梁」でググってこの本↓を見つけ、昨日図書館で予約してきましたので、調べてみて何か発見したらすぐにお知らせします。
-鶉功著「図解 社寺建築 各部構造編」(理工学社)4515円!!(゚O゚;)
http://www.rikogakusha.co.jp/products/3500.html
-(5階八角堂の外陣を支える)海老紅梁(えびこうりょう)
http://www.kamidana.jp/pop/pop04.html
(現時点で)淳也さんはここにどんな木組みを想定していますか?
→個人的には(永徳の洛中洛外図にも描かれてる)吉田神社の本殿や法隆寺の夢殿が参考になると思いますが…
P/S
5階の内壁は欄間(彫り物)の可能性がないでしょうか?
[安土日記]より
六重目、八角、四間あり。外柱は朱なり。内柱は皆金なり。釈尊十大御弟子等、釈尊成道御説法の次第。
御縁輪には餓鬼ども、鬼ども描かせられ、御縁輪の鰭板には、鯱(しゃちほこ)、飛龍を描かせられ、高欄擬宝珠、彫り物あり。
内藤昌先生は最後の「高欄擬宝珠、彫り物あり」を「高欄擬宝珠【に】彫り物あり」と訳していますが、もっとざっくりと「高欄擬宝珠【と】彫り物あり」と訳すことも可能ではないでしょうか。
内壁が欄間だと、風通しがよくなり、襖を閉め切って(釈迦説法図に360℃囲まれて)瞑想していても夏の強い日差しによるこもり熱を換気できますし、
西正面に釈迦説法図を見ながらこの階段を登る時、櫛形の窓越しに、常楽寺港の湖面交通や山腹に広がる家臣の屋敷の様子も窺える(?)からです(^^)
高3素人の素朴な疑問ですが、よろしくおねがいします。