安土城 掲示板
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タイトルRe: 淳也さんの「東山殿常御所」へのコメント
記事No: 386 [関連記事]
投稿日: 2007/10/08(Mon) 09:49
投稿者大陸進出

>足利将軍邸の常御所が6間×7間だったという伝承は、本当に存在しているのでしょうか?
>足利義政のもの以外、将軍邸の常御所の間取りに関する資料は、存在していないと思うのですが・・・。

これに関しては、

明石散人著「二人の天魔王 信長の真実」(講談社文庫)

を図書館で借りて読んだのですが、天魔の一人はもちろん信長、もうひとりは足利義教(室町幕府の第6代将軍)で、
比叡山延暦寺の焼き討ち、関東平定など、信長は天下布武に当たり、天魔と恐れられた足利義教の恐怖政治をお手本にしたのではないかという内容で、
もし事実なら天魔義教のインスピレーションと精神的な波動を受け続けるために、安土城天主では、(8代義政ではなく)6代義教の常御所を模した可能性が高いのではないでしょうか。

>宮上氏は資料批判の結果、1類本の本文のみが正しく、1類本の追記部分と2-3類本の記述は、改竄に基づくものとして、
>復元の資料としては使っていないのに、この部分のみ、2-3類本が正しく1類本が誤写であるとする態度は、
>合理的ではなく、御都合主義だと思います。
 
 まったくです。 また淳也さんの東山殿常御所復元案のおかげで、宮上案の性格がよく見えてきました。

-内藤昌先生が天守指図に基づいて復元した天主台をそのまま拝借した上、
-自らが復元した東山殿(=義政の)常御所(6間×7間の長方形)を唯一最大の根拠として、それに合わせて
-文献資料を捻じ曲げまくったご乱心的復元案 

 あくまで信長オタクにペーパークラフトを売るために、自分の好みで成形&着色して開発したフィギュア的な模擬天主で、フィギュア好きにはたまらないかもしれませんが、まともな建築史学者のすることではないと確信しました。
 変形瓦が出土すると、急遽東北の付け櫓だけを入母屋から切妻屋根に変更して誤魔化し(「不完全なものを許さない信長」by宣教師に矛盾)、全くの風見鶏で「かたわらいたし」です。
 そもそも単に太目の五重塔(5階座敷)だったら、(日本に来る途中でヨーロッパはもちろん、イスラムやインド・中国の壮大な建築技術を見てきた)宣教師が「内外とも驚くべき建築技術」とは表現しないと思います。
 宣教師が「内外とも」と言うからには、外部の複雑に入り組んだ屋根や壁の凸凹はもちろん、内部に(少なくても今まで日本で見たことがない→「驚くべき」)特殊な空間があったことを間接的に物語っています。


P/S
 歴史街道の最新号を図書館で読みました。淳也さんのように工事日程表を作り、
それと照合しながら(当時の織田軍が置かれていた状況をも参考にして)工期的な考察を行ったり、
他の資料との比較や裏付け、検証を行った形跡が全くない愉快犯的な単発記事で、
図書館の雑誌コーナーで目を通せば十分です(^^) 最新号以外は貸し出してくれます。


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