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タイトルRe: 淳也さんの「東山殿常御所」へのコメント
記事No: 385 [関連記事]
投稿日: 2007/10/07(Sun) 00:25
投稿者淳也

こんにちは、

UPしたページを早速読んでいただいて、ありがとうございます。

提示した復元案に関する問題点が書いてない、ということは、
東山殿常御所は、このプランでもOKと考えてよろしいのでしょうか?

さて"誤解"に関してですが。

> ■誤解その1■
>
> 私の理解では,宮上復元案は,東山殿常御所ではなくて,
> 足利将軍邸の常御所が6間×7間だったという伝承に基づいているはずです.

足利将軍邸の常御所が6間×7間だったという伝承は、
本当に存在しているのでしょうか?
足利義政のもの以外、将軍邸の常御所の間取りに関する資料は、
存在していないと思うのですが・・・。

> この伝承の面積は東山殿常御所の各部屋の面積の合計と同じであり,
> この伝承はおそらく正しいと私は思います.

東山殿常御所の各部屋のうち、
ご寝所・昼の御座所・落間の面積は資料には載っておりません、
各部屋の面積の合計と同じ、といえる根拠はどこにあるのでしょうか?


> ■誤解その2■
>
> 宮上氏は1類本と2-3類本のどちらが正しいのかを問題にしているのですから,
> それぞれの復元図を作成して,
> うまくいかない方を誤写と考えるのは合理的な推論ではないでしょうか.

宮上氏は資料批判の結果、1類本の本文のみが正しく、
1類本の追記部分と2-3類本の記述は、改竄に基づくものとして、
復元の資料としては使っていないのに、
この部分のみ、2-3類本が正しく1類本が誤写であるとする態度は、
合理的ではなく、御都合主義だと思います。

それに、2-3類本の記述を無視した、自由な発想で復元プランを作っていながら、
十七畳の部屋が復元プランにうまくはめ込めないとは、
6間×7間の規模にこだわりすぎているのではないでしょうか。


> ■誤解その3■
>
> 川上氏は,建具の前方ではなく,
> 小壁(建具の上の長押と天井の間の壁)
> に絵画が飾られていたと考えているはずです.

このサイトには引用していませんが、
"君台観左右帳記"は、この前後もなが〜く続いていて、
会所の小壁に書かれた絵画の記述も書かれています。

小壁に絵画が飾られていたなら、会所の記述と同じように
「小壁に・・・」と書かれるはずで、書いていない以上、
書院の絵画は小壁にかけられたわけでは無いと判断できます。


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