安土城 掲示板
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タイトルRe: 天主の工期について
記事No: 378 [関連記事]
投稿日: 2007/09/30(Sun) 23:38
投稿者Tm.

> 歴史上初の大規模楼閣建築である安土城天主の建築工事が、
> 立柱から4ヶ月ほどで完成に近い状態になるとは、とても考えられません。

少々、誤解?を与えたかもしれませんね。
「完成に近い状態」と申したのは天正6年5月の時点であり、まぁ見て呉れだけであったかも知れませんが、
同年に行幸を計画していたとすれば同年中の完成を目指していたのではないかと考えた次第です。

とは言え、秀吉の大坂城天守の場合、天正11年の11月に石垣が成り、翌々の13年4月に本願寺の使者がこれを見学
しているのは、安土城天主のそれと日程的にも一致するものであり、やはり従来の説が正しいのかも知れませんね。


> 天正6年5月に、工事中の天主が少なからぬ被害を受けたとは、
> 工期の点から考えて、少し無理があると思われます。

ただ和田氏ではありませんが、性急な信長のこと、一階の居所部分だけでも完成を急がせ移り住む心算
ではなかったのかとも考えた次第です。

その上で一つの疑問なのですが、少なくとも天正4年中(7月ごろ?)には天主台も完成していたとみられるのにもかかわらず、
木造部の着工が1年も後だというのは何故でしょう。
牛一が「安土山御天主之次第」を天正4年7月15日の木津川海戦の記事の後に挿入したのは、実はそのころに
木造部の着工が始まっていたからではないでしょうか。

つまり、『安土日記』の
  天正五丁丑八月廿四日柱立、同霜月三日屋上葺合候
という記述に年次の誤り、あるいは改竄があるのではないかとも疑われのですが・・・


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