安土城 掲示板
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タイトル花鳥尽くし
記事No: 374 [関連記事]
投稿日: 2007/09/28(Fri) 21:04
投稿者大陸進出

Q.なぜ最上階の天井画が「花鳥尽くし」なのか?
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 このように西(京都)を上(座)、東(坂東)を下(座)とする天守指図によってはじめて、武力によって戦国の乱世を治め天下の秩序を取り戻した後、上座の釈迦説法図を背に座り、隙あらば上洛して天子にちょっかいを出そうとする坂東(下座)の「つわもの」ども(杉謙信、武田勝頼)に睨みを効かせつつ、上方(京都)の御所と天子(正親町天皇・誠仁親王・五の宮)を庇護し、神仏を乗り越え、最上階で(※2)「豊葦原の中つ国」をあまねく照らす(※1)「天照大神(=女性の太陽神)」を迎えて、彼女と一心同体になった「天の主」として日本列島の中心から儒教道教の教えに則って正しく天下を統治する、という信長の意図がハッキリスッキリ理解できます!!(^^)
 淳也さんが指摘している通り、京都御所で最も神聖不可侵とされる剣璽(けんじ)の間(=「三種の神器」のうち草薙の剣と勾玉を奉納)の襖絵は花鳥図で、天照大神(♀)を迎えるための安土城最上階の天井画にまさにもってこいの画題だと思います。

A.天照大神(女性太陽神)を迎えるため。
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(※1)天照大神(アマテラス・オオミカミ)
 イザナギとイザナミ兄妹夫婦が諸神を生み終えてから、「天下の主」として生まれた高天ヶ原の最高神。孫のニニギに神勅と三種の神器を与えて「豊葦原の中つ国」を治めさせている。太陽神として崇められ、伊勢神宮に祀られる皇室の祖神。もうそのものズバリです\(^^) 
 
 信長とお市の方兄妹は愛人(たわけ)関係にあり、浅井三姉妹の長女茶々(のちの淀殿)は信長の子供だった可能性が高いという衝撃的な仮説をテレビ東京でやってました。その根拠は、(1)隣の敵国美濃ではたわけ、地元尾張ではうつけの信長と呼び分けられていたこと、(2)お市の婚期が当時としては遅いこと、(3)「浅井三代記」におめでたいはずの長女茶々の出生記録がないこと、(4)浅井長政を小谷城に訪問した際、奥の寝室で一晩中二人だけで睦んでいたこと、(5)小谷落城前夜に何よりもまずお市の救出を秀吉に厳命したこと、(6)織田信雄、織田有楽斎などの織田一門の武将が長女淀殿を頼って大坂城に身を寄せていたこと(三女「お江」を頼って江戸城に身を寄せた織田家の人間が皆無)、(7)大坂夏の陣で徳川秀忠正室であった三女の「お江」が姉の淀殿を助けようとしなかったことなどだそうですが、何より浅井長政が二女に「お初」と名付けたのがすべてを物語っています(信長への宛てつけ?)。もし事実なら、信長-お市兄妹の近親相姦はイザナギ・イザナミの兄妹夫婦の故事に倣っていたことは間違いないと思いますし、豊臣秀吉も、浅井三姉妹の二女「お初」(近江京極氏)と三女「お江(=びわ湖)」(徳川秀忠)をすぐに政略結婚の道具として嫁がせたのに、長女茶々だけは自らの側室として決して手放さず、茶々専用の家臣を付けたり聚楽第や新築の淀城(淀川水運の通行税徴収→莫大な利益)を与えるなど女王様扱いして鶴松や秀頼を産ませたのは、天照大神にピッタリ重なる茶々の出生の秘密の意味を知っていたからに違いありません。
 茶々という命名センスですが、生まれたばかりの長男信忠の顔を見て奇妙丸と名付けたり(阿弥陀寺の木像参照)、側室お鍋の方が生んだ子供にお酌と、その場の閃きで即断即決して命名していた信長らしさを見ることも可能ではないでしょうか?
 
(※2)豊葦原の中つ国=(神々が住む)高天ヶ原と黄泉の国(冥界)の中間に位置する国=日本列島
 安土山を取り囲んでいた大中湖、伊庭湖、弁天湖、西ノ湖の水面に「豊」かに「葦」の「原」っぱが茂っていたのも、安土占地の理由のひとつだと思います(^^) 琵琶湖岸のこれら4つの内湖の中心に浮かぶほとんど手付かずの安土山を見つけ、それが日本列島の中心地点(須弥山)であることを確信した信長(館ひろし)が、山麓に目をやったときの「麓の湖岸はこれまた豊かな葦原ではないか!?ここじゃぁ!!ここが「豊葦原の中つ国」じゃぁ!!ついに見つけたぞ!!1、2の3ダァァァァッ!(byアントキの猪木)」と大音声で絶叫する有様が目に見えるようです!!(ちなみにヨシは葦(アシ)の発音が「悪し」なので「良し」と言い換えたものが定着したもので、「するめ」を「あたりめ」というのと同じだそうです)。現在でも滋賀県近江八幡市では西ノ湖に繁殖しすぎたヨシ刈りのボランティアを募集しているそうですから、安土築城前の目賀田山は「豊葦原の中つ島」状態だったと思います(^^) 近江八幡市の安土町では「ヨシジェラート」や「ヨシみどりうどん」が特産品だそうです(どんな味がするのかまるっきり想像がつきませんが、安土城跡に行けたらぜひ食べてみたいです)。



 ひょっとすると、お寺を始め高貴な建物に用いられる入母屋屋根というのは、「切妻屋根」と「入り屋根」に囲まれてできた両端の三角形△の破風が(天上界から降りてくる)神仏の出入り口なのかもしれません(入り屋根は足場)。だとすると2匹の金の鯱は空港滑走路に飛行機(神仏)が着陸する時の誘導ランプ/↑\としての機能があったと考えられます。また、目立つ赤瓦や金箔で天主を輝かせたのは、財力を見せつけて朝廷や他大名の戦意を喪失させ戦わずして服従させるためであるのはもちろん、さらに天上界に住む神仏に対して「神仏よ!うぬらが加勢すべき人物はここにおるぞ!」と強烈なアピールをするためだったと思います(∵安土城と同じ金箔瓦を織田一族の居城(大溝城、神戸城、松ヶ島城etc)にしか許さなかったのがそれを如実に物語っています)。

 具体的に言うと、以下のように天照大神を招き入れて信長と一心同体となります。

(1)朝、天照大神(太陽)が東から登り、自らが放つ強力な陽光によって安土城最上階の屋根に上げられた2匹の金の鯱が燦然と輝いて誘導ランプとなり、確実に最上階の入母屋屋根の東の破風△から最上階に入ることができる(出勤タイムカードをガチャン!)
(2)黄金のペントハウスオフィスで仕事開始。インテリアを女性好みに仕上げる→天井を花鳥画、唐戸を草花彫刻で装飾。
  →天下の中心「安土城」から「豊葦原の中つ国」の隅々に太陽の恵みを与える。
(3)夕方、そのアルバイトが終わると今度は西の破風△から出て(退勤タイムカードをガチャン!)、西に帰宅する。

 つまり最上階は金閣寺ではなく、乱れた天下をより強力に治めるために、天下人信長(♂)が天照大神(♀)と一心同体になるための装置として開発&設計されたのです。「天主閣」という命名も、宣教師が「一種のピラミッドみたいな建物(冥界の王を再生復活)」と表現したのも、これで納得です。

 したがって安土城最上階のデザインはこの7点セット↓なのです。

(1)着陸誘導ランプ/↑\としての2匹の金の鯱
(2)専用出入り口としての入母屋屋根の破風△×2
(3)赤瓦+(4)総金箔仕上げの外壁→太陽
(5)天井花鳥画+(6)唐戸内側の草花彫刻→女性 
(7)天下人の模範を示す儒教道教の障壁画


 加賀藩御大工・池上右平、内藤昌先生、淳也さん、日ノ本三十之さんのおかげで、安土城天主の外観や内部構造とその意味を完全に理解することができ、あらためて安土城四天王に感謝します。

【訂正】
-内藤案の擬宝珠は開花型ではなく逆蓮(ぎゃくれん)型というそうです。
-地階石倉の独占祈祷「室」、空中舞台、天下橋
-信長の×「以降」を復活→○「威光」(大急ぎで書いたので変換ミスです)
-「シャラポワ」の安土城下の図→「シャルルボワ」

P/S
-安土町観光協会ホームページ
http://www.azuchi-shiga.com/index.html
-近江歴史回廊 戦国の道シンポジウム〜「よみがえる安土城−信長の夢」講師:愛知産業大学学長 内藤昌
http://www.oumi-castle.net/gensetu/miti/yume.html
 「石倉は六角形で宇宙を表している」


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