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タイトル安土山についてふと思ったこと
記事No: 301 [関連記事]
投稿日: 2006/02/14(Tue) 18:09
投稿者しろう

はじまして。

二日ばかり前安土に行きまして、信長の館、考古博物館、史跡、を見てまいりました。
もともと城はすきなのですが、それいらい安土城に圧倒されてしまい、いろいろ知りたくななりました・・・

博物館の映像を見ていてふと思ったのが、山の形がもろくそに「水」の形をしているのです。そしてそのときのナレーションが「水の城を意識した・・・」でした。
おそらくそれ自体は城の周りに水が多いことを説明していたんだと思うのですが。
やっぱりこれはたんなる偶然なんですかね?
もし意図的であれば、建物のほうにもそのようなことがあるんでないか、と思いました。

当時のヨーロッパの音楽にも「フィグール」という、楽譜の形状でさまざまな意味を持たせるという技法があります。キリスト教といえば音楽が欠かせないわけでして、信長の音楽事情はどうだったんでしょうか・・・。


タイトルRe: 安土山についてふと思ったこと
記事No: 302 [関連記事]
投稿日: 2006/02/15(Wed) 00:18
投稿者淳也

はじまして。

安土城を見てこられたとは、よかったですね。
このページの作者は、安土城についての考察をしている割には、
実は一度も安土に行ったことがありません、
今年の秋には行って見ようかと、毎年思ってたりします・・・(^^)


安土山が「水」の形をしているとの事ですが、
室町時代には航空写真というものが無いので、
信長は上空からの安土山を見た事がないと思われます。

当時の安土山は、琵琶湖の内湖の大中の湖のさらに内湖の伊庭内湖に面していて、
琵琶湖から見ると三重の湖に囲まれた中にある山に見えます。

仏教における世界の中心である須弥山は七重の海と山に囲まれているそうなので、
安土山に城を築いたのは、須弥山になぞらえたものと私は考えています。


> 当時のヨーロッパの音楽にも「フィグール」という、楽譜の形状でさまざまな意味を
> 持たせるという技法があります。キリスト教といえば音楽が欠かせないわけでして、
> 信長の音楽事情はどうだったんでしょうか・・・。

安土城で、「フィグール」に近い用法としては、障壁画があげられると思います。
安土日記に書かれる画題を検証すると、それぞれの絵の組み合わせが、
天主内部で意味を持って配置されているのではないかと思っています。


宣教師の記録によると、信長は安土のセミナリオで音楽の演奏を聴いたそうなので、
ルネサンスかバロック辺りの西洋音楽は、聴いた事があったと思われますが、
関心の程度については、
信長公記に、信長の芸事は敦盛の一番を舞うだけ、
といったことが書かれている事からして、自分で演奏する気は無かったと思われます。


タイトルRe: 安土山についてふと思ったこと
記事No: 305 [関連記事]
投稿日: 2006/02/16(Thu) 18:30
投稿者しろう

どうもありがとうございます。

そうだったんですか!
どうやら山の形は偶然のようですね、あまりにもぴったりだったので驚いてました^^;

障壁画はまだちらっと見た程度なのでまたよーく見てみたいです。
絵といえば、早く行方知れずの屏風がみつかってほしいです・・・

音楽にかんしては意外ですね、もっと何かいろいろやってると思ってました。

またちょくちょく見にこようと思います、では失礼しましたm(__)m