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タイトルお知らせ
記事No: 279 [関連記事]
投稿日: 2005/06/30(Thu) 07:19
投稿者

淳也様、ご無沙汰です。

さて、今年も佐藤大規さんが建築学会の大会で
安土城天主についての報告を行われる模様です。
(日ノ本三十之さんの発表はどうなったでしょうか?)

併せて、学研『よみがえる日本の城』も終巻に近づき、
いよいよ9月頃には「安土城」が発行されます。
おそらく佐藤説の解説がある程度なされると思いますので
楽しみですね。

では。


タイトルはじめまして
記事No: 280 [関連記事]
投稿日: 2005/07/03(Sun) 02:01
投稿者HIRO

はじめまして。単なる安土城好きの素人です。
ずっとROMだったのですが、今日、書店で「城のつくり方辞典」を
やっと買いに行き(田舎者なのに本は実物見ないと買えないタチなもので…)
佐藤大規氏の安土城復元案を見たのですが、正直「???」だったので
みなさんのご意見が聞いてみたいと思って書き込みました。

まず、私が疑問に感じた部分について。
1.なぜか天主が後期望楼型に近く、上部が大きくて重量バランスが悪いこと。
2.他の天守とのデザインの歴史的連続性が見られないこと。
3.破風、瓦の役割について、考察している雰囲気が感じられないこと。

1と2は実際には同じことについて言っているのですが、あのデザインだと
屋敷全体で重量を支えるには重過ぎるし、芯柱があったとしても横方向への力が
吸収できないので風が吹くたびに信長は船酔いをすることになってしまいます。
しかも、あのデザインでは後の望楼型天守に影響を与えていないことになります。
同じ三浦正幸氏門下の鷺原・石井両氏の大坂城復元案は他の初期望楼型の天守と
同時代のものという印象を受けますが、逆にあの安土城とは繋がりません。
(むしろ内藤案との方が連続性を感じられるデザインです)

3についてなのですが、あの復元案(一方向からしか載ってませんが)を見ると
特に八角柱部の所ですが、雨の影響を全く考えてないように思えます。
あれでは八角柱部の壁面に当たった雨はまっすぐ入母屋大屋根との結合部へ流れて
行きます。佐藤氏の案では八角柱部分がかなり長いので、結合部に半鬼瓦などで
対策をとっていても(あの当時から半鬼瓦があったのかは勉強不足で知りませんが)
相当な雨漏りが予想されます。さらに枡形の望楼ならその後は大屋根の瓦を流れて
いくでしょうが、八角形では雨水は壁に沿って最も低い部分に流れていきます。
だから最低限、大屋根との結合部の直上に屋根を設ける、八角柱部の最も低くなる
両端部分には千鳥破風を設けるなど、瓦の上に雨が落ちるような工夫が必要だと
思うのですが。

最新案であり、あれだけ多くの復元案を発表している三浦先生の門下生が作る
復元案なのですから、それなりに根拠のあるものなのだと思うのですが、上に
書いたような理由から、私には現実的な建築物に見えないのです。

素人考えかもしれませんが、皆さんのご意見をいただけましたらうれしいです。


タイトルRe: はじめまして
記事No: 281 [関連記事]
投稿日: 2005/07/03(Sun) 18:03
投稿者

HIROさん、こんにちは。

技術論的部分からのアプローチは、えてして水掛論になりがち
〈技術的には問題のある建築…傾く、雨仕舞いが悪いといった
構造的に問題が指摘されている天守もありますので〉で、また
大した知識もないので個人的にはあまり人様の復元案に対して
そうした面での批判はあえてしないようにしています。

ただ、その上で言えるのは、佐藤説が「安土日記」をはじめとした
「信長公記」系の史料の文脈に必ずしも忠実ないし沿ったものとは
言い難い部分があるのは気になります。

とりあえずはそんなところですかね。


タイトルRe: はじめまして
記事No: 282 [関連記事]
投稿日: 2005/07/03(Sun) 23:01
投稿者Tm.

はじめましてHIROさん。
佐藤氏の復元案への疑問(平面)については過去に述べたものをご覧いだいているものと存じますが、
立面についても、一見しての印象として望楼部が豪く間延びした物だなと感じました。
※それには、六重目と七重目の規模が記録よりそれぞれ一間づつ大きく設定されていること(巨大な
 天主台全面に合わせた初層平面の設定が理由?)が影響しているものと思われます。

その立面については『城のつくり方図典』が初発表であり、森さんもご紹介されているように日本建築学会大会
での報告および学研の『よみがえる日本の城』での解説を待ちたいところです。

そのうえで建築としての天守はとかく無理の多い物であり、最初の大規模天守である安土城天主にはそれが
一層顕著であったと思います。


タイトル佐藤大規氏の復元案
記事No: 283 [関連記事]
投稿日: 2005/07/03(Sun) 23:24
投稿者淳也

HIRO さん はじめまして。

>ずっとROMだったのですが、今日、書店で「城のつくり方辞典」を
>やっと買いに行き(田舎者なのに本は実物見ないと買えないタチなもので…)

我が町の書店では未だに「城のつくり方図典」は書棚に並んでいません、
でも、図書館には早々と5月には入庫してました。


佐藤大規氏の復元案の件ですが、
『2004年度日本建築学会学術講演梗概集』に載っているものと、
『城のつくりかた図典』の口絵では、
あきらかに違いが有りますので、

現状では未だ、最終的な決定稿は完成してないものと思われます。

たしか広島大学の三浦研究室の掲示板に、
『城のつくり方図典』用の安土城の図面がやっと完成した、
といった様な事が、以前書かれていたようでしたので、、、。
(確かめてみようと思ったら、なぜか三浦研究室のページが行方不明!)

安土城天主の復元は、安土日記により、
高さ16.5間・本柱長さ8間・七重・石倉・八角の段、といった細かい条件があるので、
階高と窓の高さと梁や屋根の収め方が、ほとんどパズルみたいな状態で、
佐藤大規さんも、けっこう苦労されているのではないでしょうか?


構造的な問題についてですが、森さんも
>〈技術的には問題のある建築…傾く、雨仕舞いが悪いといった
>構造的に問題が指摘されている天守もありますので〉
と、書かれているように、

歴史的に見れば、
10年も経たずに屋根が傾きだした創建当時の東大寺や、
20年も経たずに風もないのに倒壊している平安時代の出雲大社、
などの例もあることですので、
(現代でも、テレ朝のホールの天井が、雨漏りが原因で落下したりしてます。)

構造的に不安定とか、雨漏りがする程度のことで、
復元案の妥当性を論じるのは難しいと思います。


タイトルRe: 佐藤大規氏の復元案
記事No: 284 [関連記事]
投稿日: 2005/07/04(Mon) 18:56
投稿者HIRO

みなさん、ありがとうございます。

森さん
> 技術論的部分からのアプローチは、えてして水掛論になりがち

なるほど…確かにそうですね。
以前、森嶋さんが階段の採光の観点から内藤案を検討されていたので
こういうアプローチもありなのかな、と思っていました。

なので、これ以降は反論というより「ちょっと感じたこと」程度で
読んでいただけたらと思います。

淳也さん
> 構造的に不安定とか、雨漏りがする程度のことで、

雨漏りがする「程度」というのはどうでしょうか。
宮大工の故西岡常一氏(か、弟子の小川三夫氏)が語っておられた話ですが
日本の建築物は、多くは中国から入ってきたデザインをアレンジしているが
単にデザインの変化ではなく、日本の雨が多く高温多湿な気候に対応させる
ために生じた必然的変化が多いのだそうです。
軒の出が深くなっているのもその一つだということですし、瓦の葺き方や
屋根の配置も基本的に雨が壁を伝って落ちていかないように改良されている
のだそうです。雨漏り対策は基本デザインに影響を与えている部分です。

現代でも瓦葺きの屋根では、壁を伝って落ちる水をいかに瓦に乗せるかが
重要な課題になっていますし(モルタルで塞いでいても浸入しやすい)、
当時の大工達(特に安土城に関しては京の宮大工が大量に動員されている)が
その辺を無視して設計するというのは考えにくいのではないでしょうか?

Tm.さん
> そのうえで建築としての天守はとかく無理の多い物であり、最初の
> 大規模天守である安土城天主にはそれが一層顕著であったと思います。

天主のような無理が多い建築物、さらに未経験の建物であればあるほど
基本的な欠陥を放置するということは考えにくいのではないか?と思うのです。
復元案というのは、資料も重要ですが当時の常識のようなものも
考慮するべきではないのかと思って書いてみたのですが…どうなんでしょうね。

まあ、どのみち佐藤大規氏の復元案が完成しないことにはどうしようもないので
発刊を待ちたいと思います。長文失礼いたしました。

ところで、私は広島大の三浦研究室のサイトにアクセスしても
Forbidden
You don't have permission to access /~miurayu/ob-2.html on this server.
Apache/2.0.53 (Unix) Server at home.hiroshima-u.ac.jp Port 80
とか言われて入れないのですが、何か許可が要るのでしょうか?
ご存知でしたら教えていただけませんか?


タイトルRe: 佐藤大規氏の復元案
記事No: 285 [関連記事]
投稿日: 2005/07/04(Mon) 21:43
投稿者

HIRO様

> ところで、私は広島大の三浦研究室のサイトにアクセスしても
> Forbidden
> You don't have permission to access /~miurayu/ob-2.html on this server.
> Apache/2.0.53 (Unix) Server at home.hiroshima-u.ac.jp Port 80
> とか言われて入れないのですが、何か許可が要るのでしょうか?
> ご存知でしたら教えていただけませんか?

他のページから辿ってみると、どうも改装中みたいですね。近年大学は
「いかに社会に対して学問を還元して貢献しているか」という課題が
重視されておりますので、そうしたものも盛り込んだ内容になる模様
と見受けます。なかなか大変ですね。

実は私も短い原稿を年内の発表に向け準備しています。ほとほと心許ない
限りですが、日の目を見た暁にはご意見頂戴できますと幸いです。

では。

そういえば、今日届いていた、入会勧誘を兼ねたダイレクトメールならぬ
ダイレクト封書に同封の冊子『歴史研究』誌の募集覧に、8月20日
締め切りで11月号掲載分の「特集 安土城炎上」の原稿募集が
なされていました。新たな天主復元案が掲載されるとまた面白いですね。


タイトル三浦研究室のHP
記事No: 291 [関連記事]
投稿日: 2005/07/22(Fri) 17:16
投稿者

復旧したみたいです。

ttp://home.hiroshima-u.ac.jp/~miurayu/main.html


タイトル続報
記事No: 292 [関連記事]
投稿日: 2005/08/18(Thu) 12:54
投稿者

先日の続報です。

今日、先頃発刊された
『2005年度日本建築学会学術講演梗概集』
を落手しました。

来月発表が行われる佐藤大規氏による復元案の発表が
南・西立面と断面図、下部3層の平面図と掲載されて
おりまして、昨年の発表から『城作り図典』に至る
外観復元に向けた作業過程の大要が述べられています。

機会がありましたらご覧くださいませ>皆様。


タイトル雑感
記事No: 294 [関連記事]
投稿日: 2005/09/08(Thu) 21:10
投稿者Tm.

> 併せて、学研『よみがえる日本の城』も終巻に近づき、
> いよいよ9月頃には「安土城」が発行されます。
> おそらく佐藤説の解説がある程度なされると思いますので
> 楽しみですね。

早速、購入し拝見しました。

いまだ『2005年度日本建築学会学術講演梗概集』の方を拝見していませんが、
やはり以前のものを基本に不等辺七角形の平面に適合させたのでしょうが、
正直なところやはり南北方向における三階での急激な逓減には異様さを感ずる
を得ません。

それと、四階小屋の段における南北の破風内の四畳半の座敷の取り扱いにも
疑問がもたれ、やはり「部屋の配置を正した」との解説(前書)とは裏腹に、
かなり恣意的な改変が行なわれているのでは、との感が否めません。

森さんは学術誌への掲載を期待されているようですが、まだまだ不確定要素
が多い現状では、かつての「『天守指図』論争」程の議論の展開は望めない
のではないでしょうか。


タイトルRe: 雑感
記事No: 295 [関連記事]
投稿日: 2005/09/09(Fri) 06:57
投稿者

> 早速、購入し拝見しました。

同じく数度読みかえしました。

> かなり恣意的な改変が行なわれているのでは、との感が否めません。

P5の「安土城天主を模したとされる岡山城天守とよく似ている」
は少しどうかと…「唐破風の出窓」とかは復元に際し同城を参考に
しているのでしょうから当たり前では…と思いました。

> 森さんは学術誌への掲載を期待されているようですが、まだまだ不確定要素
> が多い現状では、かつての「『天守指図』論争」程の議論の展開は望めない
> のではないでしょうか。

かの掲示板で「発表するから読んだ上で、ちゃんとした学術誌に批判を
掲載したのなら答える、そうでなければ返事は不毛」といった
お話でしたのでこう書いただけでして、梗概のみで細かい説明の
ない状態でのビジュアル先行というのはどうなのかなあ、と思った訳です。

そんなこんなで、では。


タイトルRe: 雑感
記事No: 297 [関連記事]
投稿日: 2005/10/21(Fri) 11:43
投稿者HIRO

お久しぶりです。
私もやっと「よみがえる日本の城」を購入できる機会を得て本屋で拝見しました
…が、やっぱり「???」でたかだか800円が惜しくなり買わずに帰宅しました。

> > P5の「安土城天主を模したとされる岡山城天守とよく似ている」
> は少しどうかと…「唐破風の出窓」とかは復元に際し同城を参考に
> しているのでしょうから当たり前では…と思いました。

あの復元案を見て最初に感じたのは「この城を現実に見たことがある人が
岡山城天守を見て『安土城を模した』と感じるだろうか?」ということです。

安土城炎上から岡山城天守ができるまで10数年です。写真の無い時代に
「○○そっくり」という評価がされるのは「唐破風の出窓」とか「不等辺の
天守台」とかよりも「見た目の印象」だと私は思うのですが、佐藤氏および
三浦先生はそうはお考えにならないのでしょうね…。

どうも学術研究の基本である「真実に迫る」ことよりも「史料の整合性が
最も高い結論」を優先されているような印象です。正直がっかりしました。


他の方々の反応も冷めた感じがするのは、俎上に上げるに値しないという
評価なのでしょうか?


タイトルRe: 雑感
記事No: 298 [関連記事]
投稿日: 2005/10/21(Fri) 21:01
投稿者

どうもです。

> あの復元案を見て最初に感じたのは「この城を現実に見たことがある人が
> 岡山城天守を見て『安土城を模した』と感じるだろうか?」ということです。

というよりも、そもそも岡山城における安土城模倣説というのは、
岡山藩士八田篤則が自著「岡山私考」(正徳元〜5年)に「天守は元亀四年
江州安土の城に初り申候」、これを参考にしたと思しき同藩士土肥経平が
軍記物語「備前軍記」(安永5年)に「近年安土の城に初て出来し天守と
いふことを、爰にもあげ造られ」、更に同藩士木畑道夫による「岡山城誌」
(明治24年)が「安土城に建築ありし制に擬して天守閣を設く」とているの
ですが、いずれも一般論と記しているものが、いつの間にか「岡山城天守は
安土城天主の建築およびその様式を模している」となってしまっているのです。

この一点で、岡山城のデザインそのものを安土城のそれとして考える
のは問題があるということが分かります。あくまで史料に則した両者の関係は、
城郭の中心的建築である「天守(主)」というありかたについて共通する、
という程度のものなのです(技術としての系譜的関係は否定できませんが)。

> どうも学術研究の基本である「真実に迫る」ことよりも「史料の整合性が
> 最も高い結論」を優先されているような印象です。正直がっかりしました。

「史料の整合性」も、根本史料といえる「安土日記」「信長公記」の記載
との比較から言えば少しわかりにくいところがあります。今後の詳しい解説が
待たれますね。

> 他の方々の反応も冷めた感じがするのは、俎上に上げるに値しないという
> 評価なのでしょうか?

拠るべき情報が短い学会報告の梗概(あらすじ)しかありませんし、もともと
少ない史料のなかでの復元案ですから、「反論しようがない」というのが
現状のように感じます。

ところで近刊の『城郭史研究』25号に小論を掲載いただく予定です。
先の拙稿から4年を隔てていくつかの反省に基づき新知見を加えることが
できました。機会がありましたら感想をいただけますと幸いです。


タイトルよみがえる日本の城デラックス
記事No: 296 [関連記事]
投稿日: 2005/09/29(Thu) 22:06
投稿者淳也

現在、学研から発行されている『よみがえる日本の城』シリーズに関連して、
歴史群像シリーズ・デラックス(1)『よみがえる江戸城』という本が出ているのですが、
この次回作が、安土城のようです。

『よみがえる江戸城』の内容は、以前刊行された
「歴史群像」名城シリーズ『江戸城』四海をしろしめす天下の府城
の、CG画像・カラーページを増やした、焼き直しのような物なのですが、

安土城に関しては、前回の時より発掘調査の内容が増えている事や、
宮上茂隆氏の死去により、安土城復元図や解説は、
佐藤大規氏のものに差し替えられると思われるので、
読み応えのある物になると思われます。

安土城天主に関して、前回の「歴史群像」名城シリーズでは、
宮上氏が復元案の紹介と解説に、二十数ページを割いているので、
今回は、
佐藤説の詳細な解説が期待できると思いますので
楽しみですね。

では。