安土城 掲示板
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タイトル安土城、外壁方位角
記事No: 269 [関連記事]
投稿日: 2005/05/05(Thu) 01:43
投稿者淳也

日ノ本さん、安土城の占地論、発表を楽しみにしております。

さて、
日ノ本さんに影響されて、安土城と周辺の方位角を調べてみました。

信長の出身地である、名古屋との関係をまず調べてみると、
安土城の南北線は、子午線より6°10′東にずれています、
はじめ、この東西軸の延長に熱田神宮が当たるのかと思ったのですが、
計算してみると、熱田神宮の2.5kmほど南をこの軸線は通過するので、
熱田神宮とは無関係なようです。
信長が信仰していたとされる津島神社は、安土城からの方位角87°、
安土城より北に位置するので、東西線とは全く関係が無くなってしまいます。

また、
安土城と同じ緯度にあるのは、慶長17年に移転してきた大須観音なので、
これは当然、関係無いことになります。


いきなり行き詰まったので、今度は北方面を見てみると、
気比神宮辺りが、と仮定して計算すると、今度も気比神宮の2km西を外壁線の延長が
通過していて、これも関係無いらしい。

近くで何か無いかと探してみると、観音霊場の札所である大崎観音が在ったので、
これを計算してみると、安土山との距離が33km、方位角352°となります。
安土城の南北線が、6°10′ずれていて、
外壁の瓦は、流れ方向に対して76度ずれたのが発見されていることから考えて、
外壁の傾きは346°となるので、346°+6°10′=352°10′

つまり、安土城の東西の外壁と東西の石倉壁面は、
ほぼ正確に大崎観音の方角を指している事になります。

ただ単にそちらの方角、という事であれば、偶然とも思えるのですが、
信長が安土城内に建立した總見寺の本尊に選ばれたのは、觀世音菩薩と弁財天であり、
弁財天が、安土山の真北に位置する竹生島との関係で本尊に選ばれている以上、
觀世音菩薩が、安土城とは無関係に選ばれたとは考えにくいので、

安土城石垣の方位は、琵琶湖に面する観音霊場である、
大崎観音の方角を指して築かれたと考えることができます。


と、思ったら、竹生島の宝厳寺は千手觀音の札所でもあるので、
大崎観音が無くても、總見寺に観音像を勧請する理由には困らない、らしい・・・。

とは言うものの、大崎観音には、秀吉が安土城落城の際の血痕が付いた
城材を使って本堂を造ったといういわれがあるようなので、
安土城と何らかの関係があったと思われるのだが、
いまいち根拠薄弱なので、この件はとりあえずパス。


ちなみに、安土城から距離7km方位角276°の地点に長命寺が在るので、
安土城の南北の壁面の延長、つまり東西方向の軸線は、正確に長命寺を指しているのだが、
この長命寺も観音霊場の札所、と言う事は、
安土城は、竹生島、大崎観音、長命寺という、琵琶湖湖岸に直接面している観音霊場
(園城寺(三井寺)と観音正寺は少し内陸に入っているので含めない。)
を意識して、三つの寺に軸線を向ける形で計画されたと、考えられます。


と、ここまで来た所で、琵琶湖で有名な浮御堂はまさか観音を祀ってる訳では・・・。
観音が本尊だと、この理論が成り立たなくなる、と不安になって調べてみたら、
浮御堂の本尊は千一体の阿弥陀仏だそうで、めでたしめでたし。



と、だんだんわけがわからない理論になってきたので、

日ノ本さんの発表を楽しみにしておりますので、
発表が決まりましたら、また連絡して下さい。


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