[掲示板へもどる]
一括表示

タイトル新・安土城天主一階平面推定復元図
記事No: 205 [関連記事]
投稿日: 2005/04/01(Fri) 23:49
投稿者森嶋

新・安土城天主一階平面推定復元図 画像サイズ: 680×645 (45kB) 1 十二畳敷 墨絵ニ 梅之御絵を被遊候 同間内 御書院有 是ニ遠寺晩鐘 景気被書
2 次四てう敷 雉の子を愛する所 御棚ニ鳩計かゝせられ
3 又十二てう敷ニ 鵝をかゝせられ 鵝の間申也
4 又其次八畳敷 唐の儒者達をかゝせられ
5 南 又十二てう敷
6 又八てう敷
7 東 十二畳敷
8 御縁六てう敷
9 次三てう敷
10 其次八てう敷 御膳を拵申所也
11 又其次八畳敷 御膳拵申所  
12 六てう敷 御南戸  
13 又六畳敷
14 北之方 御土蔵有
15 其次 御座敷 廿六畳敷御なんと也
16 西 六てう敷
17 次十七てう敷
18 又其次 十畳敷
19 同十二畳敷


1は信長の居間(書院は省略),
19は信長の寝室,6は信長専用の納戸(場所から考えて書庫か),

2,3は重臣との対面座敷(2の棚は省略),
4は重臣の控え室,

5は信長側近の小姓の詰所,

7は天主を警備する武士の詰所,8は縁側で門の監視するための部屋,

9は壁がなく上段に畳が敷かれているだけで,
門・階段室を監視する武士のための座敷と考えます.

階段室が広すぎるように感じるかもしれませんが,
多くの人間が出入りするのですから,このぐらいの広さがないと不便だと思います.

10,11は膳の準備のための部屋,12,13は食器,膳などのための納戸です.
これらの部屋は,天主だけでなく,
天主西側の伝二の丸にあった御殿の食事の準備もしたかもしれません.

14は土蔵,15・18は信長専用の納戸,17は妻妾の詰所,16は侍女の詰所と考えます.


天主台中央の礎石のない穴が掘立柱の跡であり,
この柱が天主中央にあったとすると,
宮上説の想定より,天主は南へずれます.

その結果,天主南側の石垣に沿って天主が建設されたと考えられますので,
転落防止のために天主一階南側の建具は舞良戸ではなく,
上の階と同じ突上戸,あるいは,黒漆塗の格子戸だと考えます.
安土城は南側が正面であり,見栄えの良さも考えて,
このようにしたのだろうと思います.

天主の規模が十二間四方と仮定すると,天主台の北側は空地が大きいので,
T.mさんのアイデアを使用させていただき,北側の空地に土蔵があったと考えます.
ただし,14の土蔵は付櫓ではなく独立した建物だったと推測します.


以前と大きく違うところは,
他の建物とつながる廊下の位置です.

まず天主東側の廊下について.
天主曲輪入口の門の上は廊下になっていて天主へつながっていると考えます.
この廊下は食事を運ぶときと信長・上客だけが移動に使い,
他の人間は天主地下一階から出入したと考えます.

宮上説では,天主地下一階の地面から一階の床下までの高さを14尺余と推測していますが,
私は10尺だと考え,
石垣もそれに応じて宮上説より低かったと思います.


天主西側の廊下について.
以前は,天主台南西にある,伝二の丸入口の建物と天主が直接つながっていると考えていましたが,
やはりそれは無理があるので,
信長の妻妾が住んでいたと考えられる伝二の丸の建物と天主がつながっていると訂正します.


タイトルRe: 新・安土城天主一階平面推定復元図
記事No: 208 [関連記事]
投稿日: 2005/04/04(Mon) 07:38
投稿者Tm.

Re: 新・安土城天主一階平面推定復元図 画像サイズ: 680×645 (14kB) > 階段室が広すぎるように感じるかもしれませんが,
> 多くの人間が出入りするのですから,このぐらいの広さがないと不便だと思います.

宮上氏の間取りでは無理やり「十一間に十二間」の規模に収めているとの感が否めませんでしたが、
森嶋さんの間取りでは「十一間に十二間」としたほうが無駄な空間が少なくて良いように思います。

勝手ながら修正案を提示させていただきますので、ご参考いただければ幸いです。


タイトルRe: 新・安土城天主一階平面推定復元図
記事No: 243 [関連記事]
投稿日: 2005/04/23(Sat) 19:30
投稿者森嶋

私は中央の礎石のない穴を掘立柱の跡であり,
この位置が天主の中央だと考えています.
そうすると12間×11間では掘立柱が中途半端な位置になり,
わざわざこの柱を掘立柱にした意味がなくなると思います.
掘立柱の位置が中心になるようにするためには,
「12間×12間」か「12間×10間」にしなければなりません.
また,1階平面が「12間×11間」あるいは「12間×10間」だと,
3階の間取がかなり困難になりますし,
「12間×12間」のほうが一階・二階の間取も綺麗になると思います.
したがって,「12間×12間」が天主の大きさだと考えます.

こだわるべきなのは12間×11間という数字よりも
「12間=84尺(1間=7尺)」という数字だと私は思います.

徳川幕府建造の江戸城・大坂城・名古屋城の天守を除けば,
この大きさが天守一階平面の長辺の最大値です.

(熊本城・姫路城の天守一階平面の長辺は13間ですが,
1間=6尺5寸で13間=84.5尺であり,
建物の規模を考えると5寸は無視できる大きさだと考えます.)

徳川幕府建造の巨大天守は金属を屋根に使ったから建設できたと考えられており,
当時の大工は経験的に,瓦屋根の天守では,
「12間=84尺(1間=7尺)」が一辺の長さの最大規模だと考えていたのではないでしょうか.

したがって,一辺の長さが12間(1間=7尺)以内かどうかが重要であって,
その範囲内であれば,問題ないと考えます.


国会図書館で佐藤大規氏の復元案を閲覧しました.
結論を言いますと,佐藤案は完全に間違っていると思います.
一階平面が17間×20間で,
史上最大とされる江戸城天守よりも巨大ですが,
常識的に考えて,これは明らかに大きすぎると思います.
文献の記述に基づいているようですが,
文献の記述が間違っていると考えるべきでしょう.

佐藤案は縁側の周囲にさらに武者走があったと考えており,
これは採光の点からかなり問題がありますし,
各部屋の配置にも多くの問題があると思います.
例えば,二階の「二段の広縁」は西側の眺望を楽しむために作られたと思いますが,
佐藤案では,南側に配置されていて,さらにその外側に武者走があります.
機能を考えると,なんのために「二段の広縁」にしたのか,佐藤案では説明できないでしょう.


タイトル急ぎお教えいただきたいのですが。
記事No: 245 [関連記事]
投稿日: 2005/04/23(Sat) 19:42
投稿者Tm.

森嶋さん、 同時刻にインしているようなのでお聞きしたいのですが、
> 国会図書館で佐藤大規氏の復元案を閲覧しました.
とのことなのですが、以前、国会図書館で同氏の論文を拝見しようとしたところ
『2004年度大会(北海道)日本建築学会学術講演梗概集』F-2 が未納入の様だった
のですが、整理納入済みで閲覧可能となったのでしょうか。それとも別書誌なのでしょうか?


タイトルRe: 急ぎお教えいただきたいのですが。
記事No: 246 [関連記事]
投稿日: 2005/04/23(Sat) 21:01
投稿者森嶋

電子書籍(CD-ROM)で閲覧できます.
ただし,印刷はできませんから,
必要であれば,ノートなどに筆写しなければなりません.
(私は筆写していません.)


タイトルRe: 新・安土城天主一階平面推定復元図
記事No: 247 [関連記事]
投稿日: 2005/04/23(Sat) 23:57
投稿者Tm.

Re: 新・安土城天主一階平面推定復元図 画像サイズ: 493×490 (10kB) > 私は中央の礎石のない穴を掘立柱の跡であり,
> この位置が天主の中央だと考えています.

実のところ自分も最近その可能性を疑いつつありますが、その場合において疑問に思うのが
心礎の有無であり、掘立柱であったとしてもただ地中に埋め込んだというものではなかった
ハズだと考えています。
その意味においては純也さんのそれ=蛇石問題に関心を抱いております。

> そうすると12間×11間では掘立柱が中途半端な位置になり,
> わざわざこの柱を掘立柱にした意味がなくなると思います.
> 掘立柱の位置が中心になるようにするためには,
> 「12間×12間」か「12間×10間」にしなければなりません.

修正案での二階平面の規模は「12間×11間」としましたが「12間×10間」(左図)でもよく、
従って一階は「12間×10+1間」ということで中心位置の問題は解決できると思います。

> また,1階平面が「12間×11間」あるいは「12間×10間」だと,
> 3階の間取がかなり困難になりますし,

三階については「10間×8間」で森さんのそれを流用することが可能です。


タイトルRe: 新・安土城天主一階平面推定復元図
記事No: 249 [関連記事]
投稿日: 2005/04/24(Sun) 08:04
投稿者森嶋

> 実のところ自分も最近その可能性を疑いつつありますが、その場合において疑問に思うのが
> 心礎の有無であり、掘立柱であったとしてもただ地中に埋め込んだというものではなかった
> ハズだと考えています。
> その意味においては純也さんのそれ=蛇石問題に関心を抱いております。

私の記憶では,安土城発掘調査報告書の記述は,
「礎石のない穴は,二尺四方で安土山の岩盤も掘られている.
戦前の調査によると,その穴に炭化した木材がつまっていたようだ.
戦前の報告書では,掘立柱の跡だとは考えられないとしているが,
実は考古学的には,掘立柱が燃えた跡だと考えられる.」
というような内容だったと思います.



> 修正案での二階平面の規模は「12間×11間」としましたが「12間×10間」(左図)でもよく、
> 従って一階は「12間×10+1間」ということで中心位置の問題は解決できると思います。

感覚の違いでしょうが,
12間×11間にこだわるより,
12間×12間としたほうがスッキリした平面図になると思います.


タイトルRe: 新・安土城天主一階平面推定復元図
記事No: 250 [関連記事]
投稿日: 2005/04/24(Sun) 08:20
投稿者Tm.

> 私の記憶では,安土城発掘調査報告書の記述は,
> 「礎石のない穴は,二尺四方で安土山の岩盤も掘られている.
> 戦前の調査によると,その穴に炭化した木材がつまっていたようだ.
> 戦前の報告書では,掘立柱の跡だとは考えられないとしているが,
> 実は考古学的には,掘立柱が燃えた跡だと考えられる.」
> というような内容だったと思います.

掘立柱の跡として疑問に思う点としてはもう一つその形状が挙げられます。
再発掘にともなう報告書では、その下部が平ではなく斜めの袋=靴下状に
掘り込まれていたとあります。
その意味するところは何々でしょうね。

> 感覚の違いでしょうが,
> 12間×11間にこだわるより,
> 12間×12間としたほうがスッキリした平面図になると思います.

誤解されては困るのですが、何も故宮上氏のように「12間×11間」に固執している訳
ではないのです。
必要床面積の上で「12間×11間」が妥当であろうと言いたい訳で、森嶋さんの各階平面図を
見る限りにおいては不自然なまでに余剰スペースが多すぎと思えるのです。

「『安土日記』にも記されていない部屋がまだ他にもあった。」とすら主張できそうですし。


タイトルRe: 新・安土城天主一階平面推定復元図
記事No: 258 [関連記事]
投稿日: 2005/04/29(Fri) 21:09
投稿者森嶋

> 掘立柱の跡として疑問に思う点としてはもう一つその形状が挙げられます。
> 再発掘にともなう報告書では、その下部が平ではなく斜めの袋=靴下状に
> 掘り込まれていたとあります。
> その意味するところは何々でしょうね。

実は「靴下状に掘り込まれていた」ことも掘立柱説の証拠と考えられます.
安土城天主が炎上したとき,
天主は垂直方向に焼け落ちたのではなく,
ある方向に倒れたとされています.
したがって,天主中心にあった掘立柱もその方向に倒れたはずですから,
そのときに下部の斜めの穴ができたと推測できます.



> 必要床面積の上で「12間×11間」が妥当であろうと言いたい訳で、森嶋さんの各階平面図を
> 見る限りにおいては不自然なまでに余剰スペースが多すぎと思えるのです。

以前にも書きましたが,
実際に天主を使用する場合,
このくらいの余剰スペースがないと不便だと思います.

信長が天主に滞在する場合,
一階だけで20人前後は天主にいたはずですし,
来客があれば,40人以上が階段室を使うことになります.

また,二階北側の座敷は三階の大広間の控え室だと私は考えていますが,
これらの部屋にも20人前後は詰めていたはずです.
そう考えると,二階中央の廊下はこのくらいの広さがないと,
狭苦しい思いをしなければいけないでしょう.
それに図面では広いように感じるかもしれませんが,
二階中央の廊下の幅は二間であり,
表御殿の廊下として普通だと思います.


タイトルRe: 新・安土城天主一階平面推定復元図
記事No: 262 [関連記事]
投稿日: 2005/04/30(Sat) 14:15
投稿者Tm.

Re: 新・安土城天主一階平面推定復元図 画像サイズ: 493×490 (32kB) > それに図面では広いように感じるかもしれませんが,
> 二階中央の廊下の幅は二間であり,
> 表御殿の廊下として普通だと思います.

たとえば、左図で示した部分は独立した部屋として成立し得るというか
そうあって然るべきかと思われます。


タイトル宮上氏の復元案の疑問点
記事No: 264 [関連記事]
投稿日: 2005/04/30(Sat) 15:37
投稿者Tm.

宮上氏の復元案の疑問点 画像サイズ: 504×349 (18kB) > > 感覚の違いでしょうが,
> > 12間×11間にこだわるより,
> > 12間×12間としたほうがスッキリした平面図になると思います.
>
> 誤解されては困るのですが、何も故宮上氏のように「12間×11間」に固執している訳
> ではないのです。

宮上氏の復元案における一階間取りではその北部が左図の上のようになっていますが、
無理やり「12間×11間」の規模に収めようとしたとの不自然さは否めず、下のように
することで「12間×12間」となり、よりすっきりした外観にもなると思います。


タイトルRe: 新・安土城天主一階平面推定復元図
記事No: 248 [関連記事]
投稿日: 2005/04/24(Sun) 07:54
投稿者森嶋

> 私は中央の礎石のない穴を掘立柱の跡であり,
> この位置が天主の中央だと考えています.
> 熊本城・姫路城の天守一階平面の長辺は13間ですが,
> 1間=6尺5寸で13間=84.5尺であり,
> 建物の規模を考えると5寸は無視できる大きさだと考えます.

姫路城は東西北側13間で東西南側14間ですから,
14間とすべきかもしれませんが,
武者走が二間でその一部が三間と考えています.