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タイトル森さんへの御返事2 その二
記事No: 161 [関連記事]
投稿日: 2003/01/17(Fri) 22:35
投稿者森嶋

森さんの私に対する批判(質問)の特徴は,
森さんの復元方法が基礎となっているということです.
それ故,森さんの批判(質問)に正確に答えるためには,
森さんの復元方法について考察しなければならないでしょう.

森さんとこれまで長々と議論してきましたが,議論を整理すると,結局,
重要な論点は推定復元の方法論に関する次の二つの問題だと思います.

●『安土日記』の解釈

森さんはこれまで『安土日記』に書いてないから,
天主の母屋の周囲に廊下を考えるのはおかしい,
という主張をされてきたことは森さんも御認めになるでしょう.

具体的に引用すると,
> >しかし,安土城の天主の一,二階は窓と座敷の間に廊下があるので,(森嶋)
>
> というのはどこにそうした記述があるのでしょうか。(森)

> 1 依拠史料に、いわゆる「落間」の記載がないにも関わらず、復元に
>  反映させているのは何故ですか。これは外周の縁側にも言えますし、(森)

私のような「素人」の復元案に対してだけでなく,
「専門家」である故宮上氏の復元案と同じ部分についても,
「史料にない」からおかしい,と森さんは批判しています.

「落間」は,足利義政の東山邸等の常御所の間取から,
このような部屋があったと故宮上氏は推測されているのでしょう.

これはともかく,御殿・天守建築の構造的な建築様式から
「母屋の周囲に縁がある」のは常識です.
もし専門家であれば,構造的に問題がある場合を除いて,
「史料にない」から「天主(一階)の母屋の周囲に縁がある」のはおかしい,
という批判はしないでしょう.(私は森さんのこの質問にビックリしました.)

このことから,森さんは史料,つまり『安土日記』に記述がないのであれば,
構造的な建築様式さえ否定してかまわない,と考えておられることが解ります.
これは森さんも御認めになりますね?

森さんの復元方法は,森さんの言葉から引用します.

> 原則「安土日記」の記載のみに拠り、最小限度の
> 素材でどこまでその姿を立ち上げられるのか、またそれは可能か、
> という立脚で(無論宣教師の記録類やウィンゲのスケッチ、中井図で
> 知られる秀吉の大坂城天守の底面規模や他天守の基本的構造なども
> 視野には入れてますが)考察を進めております。

> 縁側や空き空間を付け加える以前に、まずは「日記」の記事に余分な
> ものをなるべく付け加えることなく平面構成が行えるのかどうか、
> という検証は不可欠だと思いますがね。試してみました?。

森さんの方法は大変「破天荒」な復元方法だと思います.
「本物の専門家」でこんな方法に基づいて推定復元する人はいないでしょう.
少なくとも,故宮上氏,内藤氏は絶対に違いますし,
森さんが御存知なら教えてください.

森さんの方法が成功するかどうかをまず「検証」することは「不可欠」だそうですが,
森さんは何を根拠にこんなことを言っているのでしょうか(笑)
「試してみました?」って,試すわけないじゃないですか!!(大爆笑)

それにしても,どこからこんな自信がでてくるのでしょうか?
私が不思議なのは,森さんが内藤氏,故宮上氏の論文・著書を読んだことがあれば,
森さんの復元方法が独善的で,
「本物の専門家」が評価するような方法では決してないことは解りそうなのに,
森さんの復元方法が優れていると森さんが思っていることです.
余計な御世話ですが,御自分の独善的な方法が優れているという思い込みを捨てて,
もっと謙虚になって,専門家の先行研究を重視すべきではないでしょうか.
森さんはそんな思い込みはないと反論されるでしょうが,そうでなければ,
こんな方法に基づく推定復元案を公表するような恥かしいことはできないでしょう.



これまでは,私の文章が悪くて,つまり,各文言に反論すると言う形式だったので,
議論が成立しなかったのだと思います.

森さんの復元方法の基礎には,当然,
『安土日記』への,通常の推定復元では信じられないほどの高い評価があるはずです.
私が森さんに答えていただきたかったことは,
森さんが『安土日記』をそれほど重要視している理由,
つまり,森さんの『安土日記』への史料批判・解釈です.

>> 「『安土日記』という文献があり,他の人もそれを使って復元しているから,
>> その文献は絶対に正しいだろう.私もそれを使って復元してみよう.」というのが,
>> 森さんの方法論のように思います.(森嶋)

>> 森さんは明言されていませんが,森さんは「『安土日記』が絶対的に正しい.
>> したがって,他の情報よりも最優先すべきである.」
>> という前提に立って議論されていると私は思います.(森嶋)

> …どこから「絶対的」なんて言葉がでてくるのか…(森)


構造的な建築様式を否定してでも『安土日記』の「一言一句を重視」して復元すべきだ,
という森さんの復元方法から判断して,
森さんは『安土日記』を「絶対的」なものだと考えている,と私は言っていたのです.
実際,そう表現するしかないじゃないですか.


内藤氏,故宮上氏はまず推定復元の基になる史料批判・解釈から分析をはじめています.
(まあ,これが常識的な研究の進め方ですが.)
内藤氏は,史料批判の結果,『天守指図』は安土城天主の指図の写しであると結論し,
『天守指図』に基づいて安土城天主を復元しています.
故宮上氏は,史料批判の結果,
『安土日記』の基と考えられる「村井貞勝の記録」は安土城の公式記録であると結論し,
『安土日記』を最優先して安土城天主を復元しています.
内藤氏,故宮上氏の史料批判・解釈の結論が正しいか間違っているかは別にして,
内藤氏,故宮上氏の史料批判・解釈と復元方法は論理的に一貫していることは,
森さんも同意するでしょう.

また,森さんが「論理的な議論をされたり書かれたりしたことがないよう」
だと言う私でさえ,

「村井貞勝の記録」は,村井貞勝が天主を拝見した後で,
天主の図面を見ながら書いた個人的な覚書だという解釈に基づき,

「安土日記」が公式記録でないとすれば,
「安土日記」の記録が無条件に正しいと考えるのではなく,
他の情報(宣教師の記録,発掘調査の結果,当時の建築様式に関する研究等)
と比較検討し総合して復元すべきである,

と考えています.森さん,これは論理的に一貫していますよね?


ところが,

> まず復元に使用する資料がどの程度信頼できるのか,
> に関する考察から出発すべきです.
> 「誰がどういう条件の下で記録したのか」という考察は,
> 他人に読んでもらうつもりであれば,
> 必ずしなければならないことだと思います.

> この掲示板で森さんは「文献・史料にない」という表現をされてきましたが,
> その文献・史料がどのようなものかを考えないというのは,
> 森さんもおかしいと思いませんか.

と私がしつこく森さんの『安土日記』への史料批判・解釈を尋ねても,結局,

> 大枠として
> 「「公式」「私的」にかかわらず「村井貞勝が拝見時にまとめたもの
> ではないか」」という程度にとどめておくのが学問的にはよろしいん
> じゃないですか。

と森さんは言うだけで,私が納得できるような森さんの返答はありません.

森さんのこんな当り障りのない解釈から,どういう論理があって,
構造的な建築様式を否定してでも『安土日記』の「一言一句を重視」して復元すべきだ,
という森さんの復元方法がでてくるのでしょうか.私には理解できません.

私の考えでは,森さんのこの解釈なら,
森さんの復元方法を使わなければならないという必然性はどこにもありません.

森さんの『安土日記』への史料批判・解釈と天主の復元方法の関係は
論理的に整合性がない,というのが私の結論です.

このような論理的破綻の理由は,
通常の推定復元では,史料批判・解釈に基づいて具体的な復元方法が決定されるのに,
森さんの場合,はじめに復元方法があり,
史料批判・解釈を十分にしていないからでしょう.

厳しいことを言うようですが,
他人の論考を「推論を重ねている」,「史料に記述がない」,
「仮説が飛躍している」,「事実の寄せ集めにすぎない」等と言う前に,
また,「文献史学のイロハ」,「学問的」等と「専門家」ぶる前に,
御自分の推定復元の論理性を熟考されたほうがよろしいのではないでしょうか.
私に言わせれば,森さんの推定復元は「専門家」の水準に到達しているどころか,
「素人の遊び」ですらありませんよ.


(以下続く)


タイトルRe: 森さんへの御返事2 その二
記事No: 165 [関連記事]
投稿日: 2003/01/27(Mon) 20:21
投稿者

> (以下続く)

ぜひ続きを伺いたいのですが。