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タイトル森さんへの御返事2 その一
記事No: 160 [関連記事]
投稿日: 2003/01/17(Fri) 22:35
投稿者森嶋

これまた長くなってしまったので幾つかに分けます.
また,一度に全部を書ききれませんでしたので,続きは後日にしたいと思います.


森さんの御返事を楽しく拝見させていただきました.
今までのように,森さんの各文言に反論するというのは,議論の本質を見失うので,
論理的に森さんに御返事を差上げます.

森さんの御返事を読んで,森さんがどういう人なのか,やっと解りました.
T.mさんや淳也さんと違い,
「推論を重ねている」,「史料に記述がない」,
「仮説が飛躍している」,「事実の寄せ集めにすぎない」等,
森さんが私を見下したような書き方を何故するのか,疑問だったのですが,
次の文章を読んで氷解しました.

> 貴方は研究に「玄人」「素人」があるという寂しいお考えの方なんですね。一方で「彼らの復元案より優れた復元案を提示できる」という自負
> も畏れ入ります。まあ、大学の研究者ないしその人々に「同等」と認め
> られなければその人の研究は「素人の遊び」なんてゆがんだ権威主義的
> な考えを本気でお持ちというのも驚かされますけども。

この文章の「玄人」とは「専門家」と言換えてもよいでしょうから,
以下そのように書きます.

森さんは,御自分のことを(私が考える)「専門家」(と同等)だ,
と思っていらっしゃったのですね.
だから,専門家が素人に誤りを指摘するような感覚で
私の書込みに返事していたのですね.

「ゆがんだ権威主義的」で「寂しい」考えですが,
現代日本社会の圧倒的多数は,城郭建築研究の専門家とは,
「大学等で城郭建築を研究して生計を立てている人,
あるいは,それらの人々から同等の能力があると評価されている人」
という私の考えと同じか,それに近いはずです.
(森さんのように)私は研究しているから「専門家」(と同等)だと言っても,
本人がそう思っているだけで,現代日本社会の圧倒的多数の人は認めないでしょう.

森さんの文章から判断すると,
森さんは私が考える「専門家」ではないようです.
私に言わせてもらえれば,森さんは,投稿した論文が雑誌
(評価が高い学術専門誌なのか,同人誌に近いのかは知りませんが)
に掲載されて,私は「専門家」(と同等)だ,と勘違いされているようです.

以下では,これまで森さんと議論してきた問題に対して
論理が明快になるよう反論したいと思います.

その前に,私が何故「彼ら(=内藤氏,故宮上氏)の復元案より
優れた復元案を提示できる」と考えているのかは,
これまで私がこの掲示板で書いてきたことや
私の方法論を考えてくだされば明白だと思いますが,説明します.

安土城天主の復元案には,二つの有力な説があります.
それは,言うまでもなく,内藤説と宮上説です.
確かに,内藤説は非常に魅力的ですが,
実在した天主は宮上説に近いというのが私の考えです.

しかし,私の考えでは,宮上説は完璧ではなく改善すべき点があります.
私が宮上説を改善してもよいと考える理由は次のとおりです.
江戸城天守(家光築造)や名古屋城天守のように十分な資料が揃っているのではなく,
安土城天主は復元の基礎となる資料が少ないので,
復元する人が想像で補わなければならない部分が大きいです.
それ故,宮上説で故宮上氏の想像と考えられる部分については,
私の想像と置換えることができる,と考えます.

そして,宮上説の改善を基礎とする,私の復元案をこの掲示板に発表しました.
自画自賛になりますが,階段室の採光を考慮した結果,
一階の間取はスッキリしたものになり,採光の点でも人間の動線の点でも
宮上説より優れていると思っています.

私の方法は,宮上説の改善を基礎とするのですから,
「彼らの復元案より優れた復元案を提示できる」と私が考えているのは,
思い上がりでもなく当然のことです.
そう思わなくては,宮上説の改善をできないのですから.

また,この方法の利点として,専門家である故宮上氏の復元案を基礎にすることで,
私が素人であることから発生する誤りを減らすことができます.

私は宮上説の欠点を指摘していますが,
私がそうしているのは,宮上説の評価を下げることが目的ではなく,
あくまで宮上説を改善するためであって,
私は宮上説をきわめて優れた復元案だと高く評価しています.
それ故,宮上説を私の復元案の基礎にしているのです.

(以下続く)