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タイトルRe: Tm.の天主一階平面復元案
記事No: 275 [関連記事]
投稿日: 2005/06/25(Sat) 09:47
投稿者森嶋

Re: Tm.の天主一階平面復元案 画像サイズ: 225×230 (8kB) > 「天主台=天主郭」説を採る立場からすれば本来その平面は完全な矩形であって然るべき
> ところですが、とりあえず西側を石蔵の形状に合わせ、中央の穴を心柱のものと仮定し左図のように
> 復元しました。
> 日ノ本さんも触れられていますが、施工にあたり出来上がった石蔵の形状に合わせ変更された
> 可能性もあったのでないかと思います。

天主は矩形であったと考えるべきです.
日本だけでなく洋の東西を問わず,木造建築は矩形が基本であり常識です.
敷地が十分にあるのに,
わざわざ不等辺多角形の(高層の)建物を建てることはありえないでしょう.
天主地階の穴倉の面積をできるだけ広くするために,
天主地階の穴倉を天主台の形状にあわせたにすぎないと思います.

不等辺多角形の天守の実例として岡山城の天守があげられていますが,
岡山城は,本丸に御殿を建て,
その本丸の残りの敷地に天守を建てなければならないという制約があり,
その敷地が狭いので,天守一階平面はあのような不自然な形状になったと考えます.
もし十分な広さがあれば,岡山城も矩形の天守を建てたはずです.


さらに,安土城天主の3階の大入母屋の棟の方向は東西だったと考えます.
したがって,天主各階は,東西の辺が南北の辺より長いか同じ,
つまり,東西に長いか正方形であり,
南北に長いということはありえないでしょう.

私がこのように考える理由を説明します.
安土城の大手は南に3門が並んでいて,
さらに真直ぐで広い大手道があり,
その延長線上に天主があります.

安土城は,南に3門があることから,
日本の古代の宮殿,したがって,
中国の宮殿建築の影響を受けていると考えられます.

日本の書院造りの御殿では,
棟の方向はどうでもいいことですが,
中国の宮殿では,正殿は南向きで,正門と同一線上にあり,
その棟の方向は東西方向です.

したがって,安土城の天主も棟の方向は東西だったはずであり,
大手から天主を見ると,
入母屋の破風板は見えず,
天主の屋根のイメージは宮上説に近いと思います.(図参照)



> その間取りを復元するに、秀吉の大坂城殿舎(「本丸図」)との比較からも機能的には
> 五つのブロックによる構成の基に設計されていることが指摘できます。

私も秀吉大坂城本丸御殿と安土城天主は機能的に密接な関係があると考えていますが,
これについては,別の機会に論じたいと思います.


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