安土城 掲示板
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タイトルRe: 新・安土城天主一階平面推定復元図
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投稿日: 2005/04/23(Sat) 19:30
投稿者森嶋

私は中央の礎石のない穴を掘立柱の跡であり,
この位置が天主の中央だと考えています.
そうすると12間×11間では掘立柱が中途半端な位置になり,
わざわざこの柱を掘立柱にした意味がなくなると思います.
掘立柱の位置が中心になるようにするためには,
「12間×12間」か「12間×10間」にしなければなりません.
また,1階平面が「12間×11間」あるいは「12間×10間」だと,
3階の間取がかなり困難になりますし,
「12間×12間」のほうが一階・二階の間取も綺麗になると思います.
したがって,「12間×12間」が天主の大きさだと考えます.

こだわるべきなのは12間×11間という数字よりも
「12間=84尺(1間=7尺)」という数字だと私は思います.

徳川幕府建造の江戸城・大坂城・名古屋城の天守を除けば,
この大きさが天守一階平面の長辺の最大値です.

(熊本城・姫路城の天守一階平面の長辺は13間ですが,
1間=6尺5寸で13間=84.5尺であり,
建物の規模を考えると5寸は無視できる大きさだと考えます.)

徳川幕府建造の巨大天守は金属を屋根に使ったから建設できたと考えられており,
当時の大工は経験的に,瓦屋根の天守では,
「12間=84尺(1間=7尺)」が一辺の長さの最大規模だと考えていたのではないでしょうか.

したがって,一辺の長さが12間(1間=7尺)以内かどうかが重要であって,
その範囲内であれば,問題ないと考えます.


国会図書館で佐藤大規氏の復元案を閲覧しました.
結論を言いますと,佐藤案は完全に間違っていると思います.
一階平面が17間×20間で,
史上最大とされる江戸城天守よりも巨大ですが,
常識的に考えて,これは明らかに大きすぎると思います.
文献の記述に基づいているようですが,
文献の記述が間違っていると考えるべきでしょう.

佐藤案は縁側の周囲にさらに武者走があったと考えており,
これは採光の点からかなり問題がありますし,
各部屋の配置にも多くの問題があると思います.
例えば,二階の「二段の広縁」は西側の眺望を楽しむために作られたと思いますが,
佐藤案では,南側に配置されていて,さらにその外側に武者走があります.
機能を考えると,なんのために「二段の広縁」にしたのか,佐藤案では説明できないでしょう.


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